神仏欲な日々

神仏欲(しんぶつよく)とは、神社とお寺のことが好きでたまらない、愛欲のこと。

平安神宮散策

平安神宮を参拝しました。

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大鳥居

ひとつ前のブログで紹介した青蓮院門跡の目の前が神宮通です。

通りを北へ上ると視線の先に平安神宮の大鳥居が見えます。何かワクワクします。

三条通の交差点を渡ると道幅が広がり、通りの両側のお店を眺めながら歩くと琵琶湖疎水にかかる慶流橋に着きます。

ここまで来ると大鳥居は目と鼻の先なのでとても巨大です。

丹塗と金箔がとても鮮やかです。

 

 

応天門

鳥居越しに見えるのが応天門です。

平安神宮の正面入口です。

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青丹のコントラストがとても鮮やかです。

 

 

社殿

応天門をくぐると広大な境内に入ります。

社殿は平安京の正庁朝堂院が約8分の5の規模で再現されています。

 

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大極殿(だいごくでん)

天皇ゆかりの神宮のため、こちらにも右近の橘左近の桜があります。


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▲蒼龍楼(そうりゅうろう)

 

 

歴史

平安遷都1100年を記念して、1895年(明治28年)に創建されました。歴史の浅い神宮です。

 

明治初頭の京都は幕末の戦乱で荒廃し、首都も東京へ移ってしまったのでかなり衰退したようです。

しかし、京都復興への市民の「情熱」と全国の人々の京都に対する「思い入れ」により、数々の復興事業を展開されました。
これらの熱意と一連の町おこし事業が結実して、平安神宮が創建されました。

 

 

御祭神

御祭神は遷都を行った第50代桓武(かんむ)天皇と、第121代孝明(こうめい)天皇です。

 

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桓武天皇 出典 平安神宮HP

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孝明天皇 出典 平安神宮HP

孝明天皇は、幕末の激動期の天皇として、明治維新の礎となられた方です。

1866年(慶応2年)36歳の若さで崩御されました。

 

 

神苑

平安神宮の庭園である神苑は社殿の東西北側を囲んだ広い庭園です。HPにはその素晴らしさが紹介されています。

今回残念ながら時間が足りなくて散策できませんでしたが、次回はゆっくり楽しみたいと思います。

 

御朱印

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▲シンプルでいいですね。

 

おまけ

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平安神宮にすぐ近くにある「ロームシアター京都」は、おススメです。

コンサートホールですが。ゆっくりお茶や食事をすることができます。

名建築家の前川國男が設計し1960年に開館しました。

 

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襖絵とお庭が素晴らしい門跡寺院 〜青蓮院門跡〜

京都東山にある青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)を参拝しました。

 

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地下鉄東西線東山駅から歩いて5分ほどのところにあります。

見どころは襖絵とお庭です。

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襖絵

 

受付をして少し進むと鮮やかな蓮の襖絵がある華頂殿に入ります。

 

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▲襖絵の上には三十六歌仙額絵がありました。

 

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▲襖絵は木村英輝さんの作品です。

赤、青、黒、水色の蓮が鮮やかに描かれています。トンボやカエルがかわいいですね。

 

相阿弥の庭園

 

華頂殿から望むのが相阿弥の作の庭園です。

縁側に腰掛けてお庭をゆったり眺めることができます。

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▲奥に見えるのが龍心池です。

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宸殿(しんでん)

 

宸とは天子の住まいや天子に関する事柄に添える語です。

宸殿は天皇家からの出家者が座る公式行事が行われる建物です。

 

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宸殿前は苔に覆われたお庭があり、右近の橘、左近の桜が配置されています。

京都御所の紫宸殿にならい植えられています。

雛人形の飾りにもありますね。

 

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▲右近の橘 奥に楠の大木があります。

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▲左近の桜 もうすぐ開花です。

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▲こちらが京都御所の右近の橘左近の桜です。

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御朱印

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▲御本尊の熾盛光如来(しじょうこうにょらい)の御朱印です。

 

熾盛光如来曼陀羅を御本尊とするお寺は日本でここだけです!

曼陀羅は2m四方の掛軸で中心に熾盛光如来を表す梵字が描かれているそうです。

非公開のため見ることはできませんでした。

 

 

京都五箇室門跡

青蓮院門跡、妙法院門跡、三千院門跡、曼殊院門、毘沙門堂門跡は天台宗の京都五箇室門跡と呼ばれ古くから皇室と関わり深く格式の高い寺院です。

妙法院毘沙門堂はまだ行ったことがありませんので、是非参拝したいと思います。

極楽浄土と那須与一縁のお寺 〜即成院〜

京都の即成院(そくじょういん)を参拝しました。泉涌寺塔頭(たっちゅう)です。

同じ塔頭戒光寺から歩いて2、3分、泉涌寺からは10分弱のところにあります。

 

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▲山門

 

由緒

平安時代(992年)に伏見に建立された光明院が始まりとされています。

明治維新廃仏毀釈で無住となりましたが泉涌寺塔頭の法安寺と合併し、明治35年(1902)現在地で再興されました。

 

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▲本堂

 

阿弥陀如来と二十五菩薩

本堂には、1094年に造られたといわれる阿弥陀三尊(阿弥陀如来観音菩薩勢至菩薩)と二十五人の菩薩が祀られています。

死者を極楽に引き取る来迎(らいごう)を表現しています。

菩薩たちは摺り鉦(がね)、太鼓、笛などさまざまな楽器を奏でたり、歌っている姿をしています。

そして真ん中に穏やかなお顔をされた阿弥陀様が鎮座しています。

像高が5.5mありかなり大きな仏像です。菩薩たちも1.5mの高さがあるので、見上げるかたちでお参りします。

大勢で賑やかに極楽へお迎えに来てくれるので、安心して逝けますね。

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▲お雛様のようにひな壇に並んでいます。出典 泉涌寺HP 

 

如意輪観音

一体だけ来迎とは関係のない如意輪観音(にょいりんかんのん)もいます。

立て膝座りに頬杖をついてリラックスしているように見えますが、衆生(しゅじょう)を救うため想いを巡らせている姿だといわれています。

こちらの観音様はお顔が整った素晴らしい仏像として有名です。

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▲出典 枻出版社「ぐっとくる!仏像」

 

 

那須与一(なすのよいち)

源平合戦で源氏のヒーローとして活躍した那須与一のお墓といわれる供養塔があります。

晩年に即成院で庵を構えた与一はこのお寺で生涯を閉じたそうです。

与一は百発百中の弓矢の名手でしたので、狙った的を外さないことから、合格祈願のお寺としても有名です。

今でもお墓に参拝することができます。

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▲本堂の裏にあります。

 

御朱印

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こちらのお寺には限定御朱印もありましたが、

今回はスタンダードな阿弥陀如来御朱印をいただきました。

 

 

 

 

仏様の解剖図鑑

すみません…5ヶ月振りの投稿です。

 

今回は仏像の勉強にもってこいの本を見つけたのでご紹介します。

 

瓜生 中 氏の「日本の仏様 解剖図鑑」です。

日本の仏様 解剖図鑑

日本の仏様 解剖図鑑

 

有名な如来、菩薩、明王、天部の一人一人の解説があり、これを読めば日本にあるほとんどの仏像を網羅することができます。

さらに、羅漢(らかん)と高僧の解説まであるので、鑑賞の幅が広がります。

 

内容的には、仏像鑑賞の中級者向けの本だと思いました。

中級者が知識の幅を広げるには最適な本です。

また、上級者とっては復習や知識の整理をすることができます。

 

久しぶりに仏像の本を読んで、しっかり復習することができました。

 

仏像好きな方にはお薦めの本ですので興味がある方はぜひご覧ください。

 

子供時代に怪獣図鑑仮面ライダー図鑑などが大好きだったので、このての本に惹かれるのは否めません(笑)

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丈六戒光寺

京都の泉涌寺塔頭(たっちゅう)で、地元では丈六さんと呼ばれる戒光寺に参拝しました。

泉涌寺から徒歩で約5分のところにあります。

 

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由緒

鎌倉時代に創建されましたが、応仁の乱で堂宇が焼失しました。

何度かの移築後、1625年に泉涌寺塔頭として現在の地に落ち着きました。

 

 

なぜ丈六さん?

お寺の本尊が丈六(一丈六尺、約4.85m)の「釈迦如来立像」だからです。

釈迦の身長が丈六であったと言われているので、丈六仏は多く作られています。

実際は像高約5.4m、台座から光背部を入れると約10メートルにもなります。

大仏師湛慶・運慶親子が作った重要文化財指定の仏像です。

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▲出典 戒光寺HP

目の前で対峙すると厳かでとても迫力があり、自然と合掌してしまいます。

 

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▲本堂

 

丈六仏の伝説

本尊のあごから首元にかけて液体が流れたような痕が見えます。

これは血の跡だといわれています。

江戸時代、後水尾天皇東宮であった頃、即位争いに巻き込まれ暗殺者に寝首を掻かれた時、この釈迦如来が身代わりにたたれ、ついた血の跡だといわれています。この事から、身代わりのお釈迦様と呼ばれるようになり、「悪しき事のお身代わりになってくださる」又、「首から上の病気、のどの病気を治してくださる」と、崇められています。

 

御朱印

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泉涌寺とは違い戒光寺は庶民的なお寺で、拝観料なしで参拝できます。

泉涌寺参拝の折はぜひ訪問してください。

 

 

 

御寺(みてら)と呼ばれる皇室にとってとても大切なお寺 〜泉涌寺〜

令和となり、皇室ゆかりの寺社に関心が集まっているように感じます。

そこで、今回は皇室の菩提寺である京都の泉涌寺に参拝しました。

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由緒

855年に仙遊寺という名で草創されましたが、お寺が開山と仰ぐ月輪大師・俊芿(がちりんだいし・しゅんじょう)が、1226年に大伽藍を完成させました。

その時、寺地の一画から泉が湧いたので、「泉涌寺」と名前を改めました。

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▲出展 泉涌寺HP

 

鎌倉時代に皇室と武家から深く帰依され、1242年の正月には四条天皇の葬儀を行うまでに発展しました。

その後、南北朝安土桃山時代の諸天皇、江戸時代に後陽成天皇から孝明天皇に至る歴代天皇・皇后の御葬儀を行なったことから、皇室の菩提寺として、長く篤い信仰を集めることとなったのが「御寺(みてら)」と呼ばれる所以です。

 

楊貴妃観音

入口にあたる大門のすぐ左手に、楊貴妃観音堂と呼ばれる小さなお堂があります。

その中に、世界三大美人のひとりの楊貴妃に似ていると言われる観音様が安置されています。

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▲出展 泉涌寺HPより

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観音堂

中国の南宋から請来した仏像です。

その美しさから、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って造顕された像との伝承を生み、楊貴妃観音と呼ばれてきたそうです。

 

仏殿

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大門をくぐると目の前に現れます。

江戸時代に再建された国の重要文化財です。

仏殿内陣には運慶作と伝える阿弥陀・釈迦・弥勒の三尊仏が安置され、過去・現在・未来の三世にわたって人類の平安と幸福を祈っています。

このような配置の三尊仏はとても珍しいので、一見の価値があります。

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▲出展 泉涌寺HPより

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仏殿の隣には舎利殿があります。残念ながら中は非公開です。

 

御座所と庭園

御座所は天皇皇后が来寺した際に休息所として使用されている建物です。

平成天皇も数回滞在されたそうです。

建物と庭園は普段非公開ですが、運良く公開されていました。

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月輪山の森を借景とした素敵な庭園です。

 

御朱印

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霊明殿とは歴代天皇皇后の尊牌(位牌)を安置している建物です。昭和天皇の御尊牌もあります。

 

泉涌寺は現在でも皇室にとってとても大切なお寺ですので、みなさんもぜひ参拝なさってください。

白い象のお寺 〜養源院〜

京都七条にある養源院を参拝しました。

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場所

三十三間堂の東隣にあります。入口は蓮華王院南大門のすぐ近くです。

 

養源院の最大の見所は、俵屋宗達が描いた杉戸絵と襖絵です。

俵屋宗達は「国宝 風神雷神図屏風」で有名な画家です。

 

杉戸絵

お堂の入口を入り、上がり框を上がると目の前に杉戸があります。

二枚一組の引き戸で、左右に一頭づつ唐獅子が描かれています。

 

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▲右側の唐獅子  (お寺のポストカードより)

 

向かって左側は逆立ちをしている獅子が、右側は、逆立ち獅子を見ながらいまにも飛び上がろうとしている獅子の姿が描かれています。

 

唐獅子の杉戸を開けると、廊下のいちばん奥に白い象が現れます。

 

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▲杉戸絵 左の象

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▲杉戸絵 右の象 (共にお寺のポストカードより)

 

グラフィカルでモダンな絵です。

左の象は頭を下げて客をお出迎え、右の象がお見送りしているように見えます。

 

振り返ると唐獅子の杉戸の裏側には、麒麟の絵が描かれています。

 

どの動物も大胆なタッチですが、可愛いらしい感じです。

 

襖絵

本堂には松の襖絵があります。

岩場に生えるうねる松が迫力がありました。

 

 

血天井

廊下の天井には、伏見城血天井があります。

関ヶ原の合戦の直前に、石田三成が率いる4万の軍勢が、鳥居元忠を筆頭にした約2千の徳川方の兵がいる伏見城に攻め入る「伏見城の戦い」がありました。

 

圧倒的な兵力の違いにより敗れた、鳥居元忠ら380余名は、城の中で自刃しました。

遺体は関ヶ原の戦のあともしばらく放置されたため、大量の血と脂が床板にこびりついたそうです。

 

家康は彼らの供養として、その床板を外し「決して床に使ってはならぬ」と命じ、養源院などの京都のいくつかのお寺の天井板として使われることになったのです。

 

このお寺では、説明員の方が堂内を丁寧に解説をしてくださるので、とてもためになりました。

みなさんにもオススメです。

 

御朱印

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書置きの御朱印でした。

日付だけその場で書いていただきました。

 

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おまけのグルメ

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この日は暑かったので、養源院から徒歩5分ほどにある「清水一芳園」で宇治抹茶のカキ氷を食べました。

上に乗っているのは抹茶のエスプーマです。

茶の味が濃くてとても美味しかったです。